二進法

比喩としての「二進法」という言葉は大抵が「二元論」に近い意味で使われている。もしくは単純に「白か黒か的な考え方」の喩えにも使われる。これらはいずれも比喩として成立していないような気がしてならない。
実際の所、何進法であろうと数自体の持つ意味に違いは無い。ちょっと考えれば、十進法と二進法の違いは、数の表現方法の違いだと言うことに気付くだろう。
以前書いたことがあるが、八進法を使う世界の人が居たとしたら、彼らは自分が八進法を使っているとは思っていない筈だ。そして私たちと会話ができた時に、彼らは「僕たちは十進法を使っている、君たちは十二進法を使うんだね」と言うに違いない。
人は指が◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆本あるので◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆進法を使うようになったし、計算機はオンとオフの◆◆個の状態を扱うのが得意なので◆◆進法が使われている、それだけのことだ。物の考え方には何の関係もない。
今、しらばっくれて「計算機はオンとオフの〜」と書いたが、計算機の世界においても、二進法を意識するのは、極々根源的な部分のみであることも多くの人が解っている事と思う(ディスプレイに映し出された0と1の羅列を見て頷いてる人がいたら、そいつはエンジニアじゃなくて只の馬鹿なので気をつけた方が良い)。
それでも多くの人が「二進法」という単語を使った比喩で表現してしまうのは、0と1だけで数を表す事が出来ることを初めて知った時の驚きが背景にあるのではないかと思う。そのインパクトが大きくて「その代わり桁数が沢山必要だよ」って部分が吹き飛んでしまったのではないだろうか。気持ちは良く解る。