さよなら雰囲気、あっちいけ情緒

旨く説明できないが、俺は「雰囲気のない写真」を好むようだ。雰囲気のない写真というのは、味がないと言い換えても良い。


人が撮ったのを見る分には雰囲気のある写真の方が良いのだけど、自分で撮って人に見せるとなるとつい雰囲気とか情緒とかの薄い写真を選びがちになる。


食べ物の写真だけは、できるだけおいしくみえるように気をつけているのだが、といっても少し斜めから撮ったり、大胆にトリミングしたり、色を食べたときの印象に近づけようとするくらいで、やはり写真で料理以外の何かを伝えようという気にはなれない。


そもそも写真で何かを伝えようという気が全くないのだ。


最も手慣れた「雰囲気の無い写真」は毎日撮っている自販機の写真で、あれは2:3の長方形に自販機をみつしりと詰め込み、周囲の様子も歪みもできるだけ消し去って正面の図だけを公開している。可能なら色味も統一したいくらいだが、時間をかけないことに重きをおいているのでそこまではしない。


自販機写真のように、あとから形を整えて雰囲気を消すのは例外で、大抵は特に意味もなく、撮った写真で、うっかり情緒的になったりしないようなものを選びがちだ。


例えば、今ハードディスクを適当にあさってみたところこんな写真が保存されていた。

どうでもよいコントラスト、手振れを気にしない撮り方、適当なアングル、驚きのないモチーフ、雰囲気や情緒とは無縁な写真ばかりだ。この雰囲気のなさが良いと思うのだ。


いつか、雰囲気のない写真特集をやってみたい。同じところで同じ物を撮るのだが、うっかり雰囲気が出そうになった写真を載せ、それを悪い例として自己批判しした後、雰囲気の無い写真を自画自賛するのだ。何だか楽しそうだ。